第4回 栽培醸造技術者のためのワークショップ 参加レポート

第4回栽培醸造技術者のためのワークショップ
~コブス・ハンター教授によるキャノピーマネージメント(樹冠管理)の実習とセミナー~に参加して

 

メルシャン株式会社 生産部 田村 隆幸     

 8月末に、山梨県農政部がブドウ生理学の第一人者南アフリカのコブス・ハンター教授を招聘して、山梨県内の様々なヴィンヤードにて実地指導が行いました。今回のワークショップは、招聘元である山梨県のご配慮と、サントリーワインインターナショナル株式会社登美の丘ワイナリーのご厚意により、山梨県外の栽培担当者も参加することができるワークショップとして開催することができました。


 山梨県の招聘による実地指導でのメルシャンのブドウ畑のセッションにも参加しました。その時に、ハンター教授と初めてお会いしたのですが、不勉強な私にとって、「2005年に来日し、実地指導をされ、高畝式の垣根栽培を提案した教授」としか存じ上げませんでした。
 しかし、ひとたびブドウ畑での講義が始まるとご自身の研究をベースとした示唆に富む内容や、時折はさまれるユーモア、語りかける表情などハンター教授の人柄に惹きつけられました。特徴的だったのが、ブドウ畑で1~2メートル程度に掘られた穴に入って、土壌の様子を観察するときでした。穴に入り、ハンマーで土壌をいじりだすと、完全に独りの世界に入ってしまい、こちらの呼びかけにも応答がなくなります。穴の中での作業が終わると、おもむろに講義が始まります。ひときわ背の高い教授が、穴の中から参加者を見上げるように、語りかけてきます。

 ブドウ畑でのセッションに参加して、最初に感じたのは、実は、ちょっとした違和感でした「もしかしたら南アフリカと日本では気候が異なるから、ハンター教授のデータは日本では通用しないのではないか」というものでした。具体的には、日本では房周りの葉を取り除く“除葉”を行いますが、ハンター教授は“除葉“をしてはいけない意見をお持ちなのだとその時は受け取りました。私と同じように、多くの参加者が、「ハンター教授は除葉に反対だ」と受け取ったのではないかと感じています。
 しかしながら、座学のセッションでは、除葉についてのスライドも用意されており、決して除葉をしてはいけないということでありませんでした。ワークショップの中では、偏りのない除葉を行うために、どのような方法で除葉をするのかの実演もありました。最終的には、畑での指摘は、房が完全に露出するような除葉は、偏りがあるという指摘であったことが理解できました。

 メルシャン社の栽培管理者からの質問は、「黒ブドウのpHが高く、ワインにした時にもpHが高いという課題がある」でした。しかし、そのブドウ畑で課題としているpH値は、問題ない範囲だとの前置きがあり、3つの視点からの示唆がありました。
 一つ目は、房の地面からの高さの指摘でした。比較的暑い環境なので、地面からの熱の影響が強く、光合成での糖の生合成、TCA回路での有機酸生成に関与する酵素が阻害されるとのことで、房の位置をもっと高くしてはどうかというものでした。
 二つ目は、房近傍の葉の重要性でした。ブドウ樹内で転流が起こるとはいえ房近傍の葉が房へ糖を供給していることと、房近傍の葉はだんだん年を取っていくがそこでの光合成が止まることはないので、房近傍の葉を取り除くべきではないとのことでした。
 三つ目は、房への日照が強すぎると温度上昇により酵素の活性低下が引き起こされるとのことでした。着色不良もこの影響が大きいとのことでした。

 日本ワイナリー協会のワークショップの畑でのセッションでは、植付け前に実行しておかなければならない事柄の指摘がありました。ハンター教授によると、ひとたび植付けてしまうと、その修正はできないとのことでした。参加者から何とか修正できないか質問がありましたが、有効な手はないとのことです。
 例えば、作土の下層に硬盤が形成されていると、根域が作土層のみに限定されてしまいます。あらかじめ、リッパー施工を行うことで下層に亀裂が入り硬度が減少し、地中深く根をはることができるのですが、もし実施していない場合、植付後にリッパー施工を行うことができません。
 その他には、作土層は重要なので、それを活用しなさいという指摘がありました。そのため、天地返しをしてはいけないとの指摘や、ネコブセンチュウに耐性のない自根のブドウ樹の根が枯れている様子の実例が提示されました。

 座学でのデータが示されたことで理解が深まった話題がありました。よく見かける、“強い夕日を遮り、反対側の朝日に晒すようなキャノピー・マネジメント”についての疑問が投げかけられました。ブドウ畑でのセッションでは、日照が当たっている側の温度と、日影側の温度の違いを感じなさい、ということで、参加者は、房を触ったり、温度計で測定したりしました。実は、畑でこのやり取りをしていたときには、「日が当たれば温度が上昇するのは当たり前ではないか」と、ハンター教授の指摘の真意がわかりませんでした。しかし、ブドウ畑でのセッションと座学の両方に参加したことで、ブドウ畑でのハンター教授の言葉には、科学的な裏付けがあることがわかりました。試験圃場で複数の温度センサーを用いた観察結果の温度経過3パターンのグラフが示されたからでした。

 まず、“葉を完全に残した場合”です。葉があっても朝から夕方にかけて房の温度は上昇しました。
 次に、“朝日を遮って、夕日に晒した場合”には、葉が残っている場合と同じような温度経過から、夕方の到達温度が高まりました。
 最後に、よく見かける“朝日に晒して、夕日を遮った場合”の温度経過でした。なんと午前中から房の温度が上昇し、夕方にはさらに房の温度が上昇しました。一日の積算温度を算出すると“朝日に晒して、夕日を遮った場合”が最も温度の影響を受けてしまうのです。驚いたことに、強い夕日を避けていたつもりが逆説的に温度の影響を高めてしまうという皮肉な結果でした。

 畑でのセッションと研究データの紹介を受けながらの座学の両方を受講したことにより、ハンター教授の考えをより深く理解することができました。このようなワークショップに参加できたこと、関係者のみなさまに感謝いたします。ハンター教授には、ワークショップ全体を通して、植物と向き合う時の本質的な考え方を教えていただいたと感謝しています。日本ワインの今後の拡大を考えるときに重要な示唆をいただいたと感じました。


【事務局付記】

 第4回栽培醸造技能者のためのワークショップの資料は、当協会ホームページ「会員ページ」に掲載します。