醸造家の本音トーク vol.2 「コロナ禍でも私たちは前にすすんだ」

 
日本ワイナリー協会主催 オンライン・トーク レポ―ト
「醸造家の本音トーク vol.2 コロナ禍でも私たちは前にすすんだ」

 
本坊酒造株式会社マルス山梨ワイナリー
茂手木 大輔
 
 
【開催日】
令和3年12月18日 14時~17時
 
【パネラー】
Bruce Gutlove(10Rワイナリー代表)                       小山 英明(リュードヴァン代表)
斎藤 まゆ(Kisvin Winery醸造責任者)                 田向 俊(SAYS FARM醸造責任者)
松田 旬一(高畠ワイナリー 醸造責任者)

【進行役】
小林 弘憲(シャトーメルシャン椀子ワイナリー長)
 
  
Q1.2021年はどのような年でしたか?
Bruce
 かなり温暖な年であるという印象があり、7~8月は干ばつと言える状況だった。30℃を越える日が何日もあり、糖度が上がり病果も少なかった。酸の抜けも結構感じられ、北海道らしくない年とも言えるかもしれない。
 
松田
 寒暖差が大きい年であり、品質は良かったと思う。8月下旬から雨が多くなり、早生品種は被害を受けていた。欧州系品種については糖度が上がり、赤品種では26度くらい、シャルドネでも24度まで上がった。アルコールが上がり過ぎたため、少し困惑した。
 
小山
 全体的に見ると品質は良いが収量が少なかった。8月に入ってから雨が多く、古い畑(植樹をスタートした2006年からの区画)では病気が散見された。シャルドネでは早い段階で晩腐病が出てしまい、品質は良いが収量が減ってしまった。
 
小林
 上田市では開花期の低温が原因で花ぶるいが起き、収量が2割ほど減ってしまった。
 
斎藤
 お盆以降に雨が多かったため、収穫についてはバタバタしていた。長雨によって苦労した事もあったが、改めて畑での丁寧な作業の重要性について気付かされた。畑でのサニテーションには特に気を配り、取った病果も畑に落とさず焼くといった事も行った。こういった作業を通して、スタッフの士気も高まり、良い品質のブドウを仕込むことが出来た。
 
田向
 8月からの雨が多く、収量は減ってしまった。しかし、冷涼な年であり、伸びのある酸がしっかり残った。品質としては味わい深いブドウが収穫出来た。
 
Q2.収穫の指標は?
松田
 出来るだけブドウを樹に成らせておいて糖度を上げる事を重視している。果粒をサンプリングして分析・食味を行い、収穫のタイミングを決める。カベルネ・ソーヴィニヨンの最後の収穫は11月3日、シャルドネのナイトハーベストは10月中旬まで引っ張った。 

 
ナイトハーベスト@高畠  
斎藤
 糖度、pH、YANといった分析値から全体のバランスを考えながら、一番重視している点は果汁の官能評価である。その時点で美味しいか?旨味のノリはどうか?を確認して決定する。加えて、天気と人員の確保も重要な要素となっている。
 
Bruce
 収穫が近くなると週3回くらいサンプリングを行い、基本的な分析(酸度、糖度、pH)と食味を行う。食味のポイントとしては旨味のノリと一体感を重視している。樹と農家さんへの負担を減らす意味でも収穫時期はあまり引っ張りすぎない。樹と人の健康および味を判断材料にしている。
 
小山
 現在6品種を栽培しており、収穫は9月末から11月1週目までかかる。その間、トラブル無く収穫できるようにスケジュールを立てる事が重要である。白品種については収穫期が近づくと食味を頻繁に行い、完熟の状態で収穫する事を重視している。赤品種については種の成熟度が最も重要である。いかに病気を防除して樹に成らせておけるかがポイントになってくる。
 
田向
 氷見は雨量が多く、平均気温が高めに推移している。ブドウが熟すのは早いが、糖度が上がるペースは遅い。そのため、早い段階でカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローについては青いニュアンスの香り成分は消えてしまう。そのため、ブドウの熟度は大切にしながら、少し早いタイミングで収穫を行い、ある程度の酸が残るように心掛けている。タイミングについては定期的な分析と食味を行いながら、病気との兼ね合いで決めている。
 
 
Q3.シワが入ったブドウはどうしているか?
小林
 シラーでそのような状態のものもあるが、健全な状態であれば仕込みに使ってしまう。
 
斎藤
 シラーにシワが入るのはブドウの品種特性だと思う。日本のブドウは熟度が足りないと感じる事も多いため、むしろシワが入ったレーズンのようなブドウを仕込みたいとも思っている。健全な状態なのか病果なのかを厳しく選別する必要は出てくるが一つの方向性として考えられる。
 
田向
 赤品種についてはシワが入ったブドウの状態を判断するのが難しいため、品質を確保するため外してしまう。また、アルバリーニョも品種特性なのか水分が抜けて比較的シワが入りやすい。
 
 
Q4. アルバリーニョについて
田向
 栽培している畑は標高80~180 mで緩やかな傾斜地であり、土壌は砂岩と泥岩を含んでいる。日照時間は1300時間ほどであり、降水量は1,140 mm、平均気温は19.7 ℃ という環境になっている。収量は450 ~ 500 kg / 10 a ほどであり、房重量は200 g以下となり、果粒も比較的小さい。収穫時期は9月下旬~10月上旬であり、糖度は21度を越えてきて、酸度も9 ~ 9.7 ml ほど残る。樹勢はかなり強いため、キャノピーを高く伸ばしている。開花の期間が長く、その影響なのか粒の大きさがバラバラである事が多い。

セイズファームのアルバリーニョ

Q5.プティ・マンサンについて
Bruce
 ココファームでは90年代後半から栽培している。品種を選ぶ際に、海外において雨量が多いエリアで栽培されている品種から考え始めた。アメリカのバージニア州で品種を探していた所、台風に強いという特性からプティ・マンサンに出会った。品質は糖度が上がりやすく酸味が良い。収量としては840 kg / 10 a ほどである。実際に栽培してみると、そこまで病気に強いわけではない。晩腐病への注意しながら、場合によっては雨除けも必要になってくる。
 
安蔵(特別出演)
 山梨市で栽培し始めて4ヴィンテージ目である。白品種の酸が落ちやすい山梨の環境においても糖度(23度以上)も高くなり酸もしっかり残る。9月中旬くらいの収穫で糖と酸のバランスが取れる。
 
Q6.興味を持っている品種は?
小山
 これまで試験も含めて栽培した中で言えば一番ローコストで品質が良いワインになるのは、ソーヴィニヨン・ブランだろう。そのほかには、ゲヴェルツトラミネールとピノ・グリも候補として挙がる。ゲヴェルツトラミネールは房が小さく、収量が少ない点が問題視される。ピノ・グリに関しては既に4,000本ほど植樹しており、期待が持てる。
 
斎藤
 ピノ・ノワールには思い入れが強い。8月末と収穫時期が早いため、仕込みのスタートとしては良い雰囲気で始められる。カベルネやメルローといった晩熟品種については社内のモチベーションやスタッフへの負担を考えて減らす傾向にある。
 
松田
 カベルネ・ソーヴィニヨンには強い思い入れがあり、ピノ・グリについても力を入れている。面白いと感じている品種は白で言えば、ヴィオニエとモンドブリエである。赤品種だとビジュノワールとツバイゲルトレーベが挙げられる。ビジュノワールはカベルネ・ソーヴィニヨンやメルローを20%セニエしたようなポテンシャルを感じる。ツバイゲルトレーベは農家さんからの評価が高い。
 
小林
 椀子ワイナリーで言えば、プティ・ヴェルドが面白い。セニエ無しでも色調が濃いものに仕上がる。
 
Q7.発酵容器について
Bruce
 コンクリートタンクを使う利点としては発酵温度の管理がスムーズになる点が挙げられる。ステンレスタンクのように温度が急激にではなく徐々に上がっていく。また、材質の特徴として酸素が入りやすいため、まろやかな味わいになる。しかし、管理が難しいので注意が必要になってくる。洗浄方法が特殊であり、素材自体がアルカリ性なのでワインの酸が中和されてしまう危険性もある。
 
田向
 アルバリーニョの収量が増えてくるので、フードル(大容量の樽)の導入を考えている。
 
小山
 タンクの選択は長野県の気候と品種との兼ね合いから考えていくべきである。基本的にその土地の気候条件で発酵させていくのを理想としているが、状況によって発酵タンクを冷やしながら温度管理する事も少なくない。Bruceさんの話を聞いて、コンクリートタンクも選択肢の一つだと感じた。
 
松田
 ステンレスタンクについてはピジャージュかポンピングオーバーかを選択する事でも仕上がりの還元具合が変わってくる。目指すワインスタイルによって、マイクロオキシデーションを行う場合もある。樽発酵については樽内に蛇管を入れて、その中に冷水や温水を通す事で温度管理を行なっている。
 
斎藤
 ステンレスタンクと小樽を使用しているが、スペーシングを重視している。限られた作業スペースの中で拡張や作業性を考えて容器の選択を行っている。実は、3日前にも新しいタンク(2000L容量、落し蓋式)を導入したが、作業上の有用なオプションを幾つか付けている。ワイナリーで働く人たちの負担が軽減出来るような設備を心掛けている。
昨年導入した落とし蓋タンク 
 Q8. オレンジワインの次は何か? 新しい取り組みについて
田向
 現状の仕込みをブラッシュアップさせて、更なる品質向上に向けて改善している。
 
小山
 ピノ・グリやゲヴェルツトラミネールについてはスキンコンタクトの時間を検討している。このあたりのコントロールがグリ系ブドウの特徴を引き出すために重要だと感じている。
 
松田
 初めての試みだが、ピノ・グリで醸し発酵(3週間)を行った。しっかり粘性を感じるような濃いワインに仕上がっている。また、今年からペレンク(除梗機)を導入して、本格的な選果作業を始めた。出来上がったワインからは大きな効果を感じる。
 
斎藤
 オレンジワインほどではないが、甲州の皮との接触等については独自のテクニックを行っている。市場で流行しているスタイルを察知するのも大事だと思うが、そのまま模倣するというよりも自分のワイン造りの中にどう落とし込むのかが重要だと考えている。
 
Bruce
 寒い北海道の気候を利用して、コールドマセレーションを赤品種では行っている。プレマセレーションの期間が長く取れ、面白いワインに仕上がっている。
 
小林
 搾汁した果汁を窒素置換・撹拌等を行いながら、デブルバージュまでの期間を長く取るという試験を行っている。オリ成分に含まれるフレーバー等を抽出する効果が期待出来る。
 
Q9. 酵母について
田向
 基本的には培養酵母を使用していたが、2020年よりほとんどのロットで野生酵母を使用している。その土地に付いている酵母を使用して、風土の特徴を表現したいという考えをワイナリーのコンセプトにしている事から切り替えた。多くのロットで酒母を造ってスケールアップを行っているが、一部の赤品種ではそのまま発酵までもっていくロットもある。
 
斎藤
 ほとんどのロットで培養酵母を使用している。一部では野生酵母で発酵をスタートさせてから、ある程度で培養酵母を添加するというテクニックも使っている。毎年1~2個は新しい酵母を試験しており、甲州についてはVL1やVL2等を使いオーソドックスな白ワインのスタイルに仕上げている。
 
松田
 白品種ではD254を多く使用している。味わいに甘さが感じられ、ボリューム感が出てくる。赤品種ではモンラッシェ酵母やBDXを使用しているが、メトキシピラジンが心配な時にはCSMを使用する。
 
小山
 お客様に定着している味わいをヴィンテージによって変える事は出来ないため、基本的には培養酵母を使用している。野生酵母についても魅力は感じているため、将来的には取り入れていきたい。
 
Bruce
 基本的には野生酵母を使っている。委託醸造については、委託者に野生酵母のリスクを説明した上で培養酵母か野生酵母かを選んでもらっている。
 
Q10.使える機器類について
松田
 自動アルコール測定器を導入したが、自動で23検体まで測定出来るため仕込みシーズン中は重宝した。温風器(20万円ほど)をシートで覆った樽に使用する事で樽の温度管理に活用している。サニテーションでは過酢酸に器具類を浸け置きしているが、殺菌力が強く衛生管理に役立っている。
 
田向
 瓶詰め前のワインについてはRQフレックスで残糖が無いかをしっかりチェックしてから瓶詰めを行っている。再発酵等のトラブルを避けられるため重要な役目を果たしている。
 
小山
 オゾン水による器具や配管の殺菌を行いたいが、実際に使用している人の意見を聞きたい。
 
小西(特別出演)
 オゾン発生装置(20年ほど前に100万円くらいで購入)を使っているが、樽を使用する前の殺菌に活用している。配管の洗浄は水だけで行い、オゾン水は使用していない。
 
Bruce
 水道の塩素フィルターを取り付けた事でTCA等のオフフレーバーの危険性は減ったと感じている。また、自動滴定装置を導入した事で多数のサンプルについて残糖と揮発酸のチェックを行う事が出来るようになった。多くの委託醸造があるため品質管理の面で重要な役割を果たしている。
斎藤
 落し蓋式のタンクを導入した事により品質向上が期待出来る。創業当時に購入できなかった機器類を徐々に揃えている状況。
 
小林
 樽の中のオリを抜き取る際にひっくり返すための機器を地元の工務店に作製してもらった。樽出しの作業においては非常に役立っている。
 
Q11. 来年への抱負
田向
 今年は天候に左右された年だったが、満足いく収穫が出来るように一つ一つ改善していきたい。
 
斎藤
 ワイナリー一丸となって良いワインを造るのは当然だが、若手の育成にも力を入れたい。また、日本ワインについての講座を受講したり、オンラインで海外のワインメーカーと交流も深めている。海外に向けて日本ワインを発信するために必要な事を地道に進めていく。
 
小山
 良いワインを造るために必要な部分を改善していく。そして、地元との繋がりを大事にしたい。現在、ワイナリー内にシャンブル・ドット(食事も楽しめる宿泊施設)が準備されているが、コロナ禍になり県外からの利用者が少なくなった。そのような中で地元の人達が食事やワインを楽しみ、宿泊してくれる機会が増えた。こういった出来事から地元の人達と共に生きている事が実感出来る。加えて、東御市での新規就農者等のサポートも行っていきたい。
 
松田
 観光から個人客へシフトする中で感動を与えるワインを造り、満足いくおもてなしが出来るワイナリーを目指していく。
 
Bruce
 基本的には変わらず、理想のワインに近づけるため一歩でも良い方向に進んでいく。
 
【所感】
 新型コロナウイルスが蔓延してから2年ほど経ちますが、令和3年も大きく振り回された年でした。そのような中でのオンライントークでしたが、パネラーの方々はワイン造りに対して独自の考えを持っており、取り組みについても各々個性的なものでした。今回お話を聞かせて頂いて、皆さんが自分自身や自分のワイナリーについて見つめ直す機会に恵まれたという話が非常に印象的でした。最近の世情を見ても、コロナ禍に見舞われてからグローバル資本主義に対して否定的な考えが散見されるようになり、書店を見回すとマルクス主義やSDGsといった内容の本が増えているように感じます。通常の状態から非常事態に移り変わった事で社会の中でも今まで目が向かなかった方向について意識するようになってきているという事なのかもしれません。コロナ禍や悪天候といったものは我々がどうする事も出来ずに負のイメージしか持つ事が難しいものでしたが、現状を見つめ直す機会になるとも考えられます。自分達が見えていなかった課題・問題を感じ取り、今まで目が向かなかった方向や分野にもアンテナを張るべきだと今回のセミナーに改めて背中を押された気がしました。5名のパネラーの皆さん、進行役の小林さん、誠にありがとうございました。